せいきのうた正気歌
天地有正気
雑然賦流形
下則為河嶽
上則為日星
於人曰浩然
沛乎塞蒼冥
※日本で一般に読まれている本文によります。長編のため、有名な部分を抜粋して掲載しています。
書き下し文
天地に正気有り
雑然として流形に賦す
下は則ち河嶽と為り
上は則ち日星と為る
人に於いては浩然と曰ふ
沛乎として蒼冥に塞つ
現代語訳
天地には正気が満ち、さまざまなかたちに宿る。下にあっては河嶽となり、上にあっては日星となる。人においては浩然の気といい、沛然として大空にまで広がる。皇路が平らかなときには和して朝廷に吐かれ、時艱に際しては一一にあらわれて歴史に垂れる。時にその気は河山に貫き、時に日月を支える。時に生死を貫いて、道義を支える柱となる。——人生は古来誰か死せざらん。丹心を留めて、汗青を照らさん。
原文と書き下し文の対照
天地有正気 ― 天地に正気有り
雑然賦流形 ― 雑然として流形に賦す
下則為河嶽 ― 下は則ち河嶽と為り
上則為日星 ― 上は則ち日星と為る
於人曰浩然 ― 人に於いては浩然と曰ふ
沛乎塞蒼冥 ― 沛乎として蒼冥に塞つ
鑑賞
獄中で死を覚悟しながら、正しい気が天地を貫くと歌い上げる長編。藤田東湖や吉田松陰らが和した「正気歌」を作るなど、幕末の志士に深い影響を与えました。(冒頭部分の抜粋)
日本で親しまれる理由
「人生自古誰無死、留取丹心照汗青」。幕末志士も愛誦
語句
- 正気
- 天地を貫く正しい気
- 流形
- さまざまな形のもの
- 浩然
- 浩然の気(孟子)
- 蒼冥
- 大空
作者
文天祥の生涯と作品一覧は作者ページへ。
作られた背景
南宋の忠臣・文天祥が元の獄中で、処刑の前年ごろ(1281年)に作ったとされる。